「税務署職員でも騙される」時代に、税理士が伝えるべき本質とは

「税務署職員でも騙される」時代に、税理士が伝えるべき本質とは

大阪国税局の職員が、ニセ警察官の電話に騙されて納税者の情報を漏洩してしまった事件が報道されました。30代の国税実査官が、千葉県警を名乗る人物からの電話を受け、「嫌疑がかかっている」と言われて動揺し、業務用パソコンに表示された個人・法人259件もの税務申告状況をスマホで撮影してLINEで送信してしまったという内容です。

この事件は、私たち税理士業界にとっても決して他人事ではないと感じています。なぜなら、私たちもまた、納税者の機密情報を扱う専門家だからです。そして何より、この事件が浮き彫りにしたのは、「専門性だけでは人は守られない」という事実だと思うのです。

専門家でも騙される理由

国税職員といえば、日々不正を見抜く訓練を積んでいる、いわば「税のプロ」です。数字のプロであり、矛盾を見つけるプロであり、疑わしい取引を追及するプロです。そんな彼らが、なぜ詐欺電話に騙されてしまったのでしょうか。

報道によれば、職員は「被疑者になっていると言われて動揺した。身の潔白を証明しようと、相手の言いなりになってしまった」と話しています。つまり、専門知識ではなく「感情」が揺さぶられたのです。不安と焦りによって、通常の判断力が失われてしまったのです。

私はこの話を聞いて、改めて思いました。税理士という仕事は、単に税法や会計に詳しければいいというものではないのだと。もちろん専門知識は大前提です。でも、それだけでは不十分です。なぜなら、私たちが本当に向き合っているのは「数字」ではなく、「人間」だからです。

税理士の本質は「信頼される人間」であること

私は常々、税理士という仕事を「サービス業」だと考えています。私たちの価値は、税務申告書を正確に作ることだけにあるのではありません。経営者が最初に相談できる存在であること、困ったときに真っ先に電話をかけたくなる相手であること、そして何より、「この人なら安心して任せられる」と思ってもらえる人間であることが、税理士の本質なのです。

今回の事件で問題になったのは、「守秘義務違反」という法律上の違反です。でも私が本当に危惧しているのは、それ以前の部分です。つまり、「信頼されている」という自覚と責任感が、どこまで職員の心に根付いていたのか、ということです。

税理士も国税職員も、納税者や国民から「信頼されている」からこそ、機密情報にアクセスする権限を与えられています。この信頼は、法律や資格によって与えられるものではありません。日々の誠実な対応と、相手への敬意と、そして何より「人間対人間」としての向き合い方によって築かれるものです。

もし職員が、「自分は納税者の信頼を預かっている」という意識を強く持っていたなら、たとえ動揺したとしても、電話一本で機密情報を送るという行動には至らなかったのではないでしょうか。専門性の前に、「人としての信頼」を理解していれば、違う判断ができたはずです。

焦りと不安が判断を狂わせる

犯罪学の専門家は、「不安や焦りでマインドコントロールされたような状態になり、通常なら考えられない行動を取ってしまうことがある」と指摘しています。これは本当にその通りだと思います。

経営者も同じです。税務調査が入ると聞いただけで、真面目にやってきた人でも不安になります。何か間違いがあるんじゃないか、追徴を取られるんじゃないか、最悪の場合、罰則を受けるんじゃないか。そういう不安が頭をよぎると、冷静な判断ができなくなります。

だからこそ、税理士は「話しやすい存在」である必要があるのです。経営者が不安を感じたとき、焦りを感じたとき、すぐに相談できる相手でなければなりません。そして税理士は、その不安を受け止めて、正しい情報を伝え、冷静な判断を一緒にする役割を担っているのです。

今回の事件でも、もし職員がすぐに上司や同僚に相談していれば、被害は防げたでしょう。でも彼は、大部屋から別室に移り、ビデオ通話でやり取りを続けてしまいました。それは、「相談しにくい環境」があったのかもしれません。あるいは、「自分で何とかしなければ」というプレッシャーがあったのかもしれません。

私たちは、経営者に対して「何でも相談してください」と言います。でも、それが本当に機能するためには、私たち自身が「相談しやすい人間」でなければなりません。フランクで、親しみやすく、でも誠実で、信頼できる。そういう存在でなければ、経営者は本当に困ったときに声をかけてくれないのです。

人間対人間だからこそ、価値がある

最近はAIの発達によって、「税理士の仕事はなくなるのではないか」という話をよく聞きます。確かに、単純な記帳代行や申告書の作成は、将来的にAIに置き換わる部分もあるでしょう。でも、私は税理士という仕事がなくなるとは思っていません。

なぜなら、税理士の本質は「人と人とのつながり」だからです。経営者が本当に求めているのは、正確な申告書ではありません。自分の経営を理解してくれる人、一緒に考えてくれる人、背中を押してくれる人です。それは、AIには絶対にできないことです。

今回の事件でも、もし職員が「人間対人間」として相手を見ていたら、違和感に気づけたかもしれません。電話の向こうの声が、本当に警察官なのか。言っていることが、本当に筋が通っているのか。そういう「人を見る力」は、専門知識とは別の、人間としての感覚です。

税理士も同じです。経営者と向き合うとき、数字だけを見ていてはいけません。その数字の背景にある、経営者の想いや、事業の現実や、抱えている不安を見なければなりません。そして、経営者が本当に必要としているものが何なのかを、人間として理解しなければならないのです。

再発防止の本質は「人としての意識」

国税局は再発防止策として、詐欺電話をブロックするアプリの導入を決めたそうです。これはこれで、有効な対策だと思います。技術的な防御は、確かに必要です。

でも、私は思うのです。アプリを入れることよりも、もっと大切なことがあるのではないかと。それは、「自分は信頼されている」という自覚を、職員一人ひとりが持つことです。そして、「納税者の情報を守ることが、自分の使命だ」という意識を、日々の仕事の中で確認し続けることです。

税理士も同じです。顧問契約を結んでいるということは、経営者から「信頼されている」ということの証明です。その信頼を、私たちは決して裏切ってはいけません。そして、その信頼に応えるためには、専門知識だけでなく、人としての誠実さ、相手への敬意、そして「最初に相談される存在」としての責任感が必要なのです。

技術や仕組みは、あくまで補助です。本当に大切なのは、人としての意識と、日々の積み重ねです。それがなければ、どんなに優れたアプリを入れても、また別の形で問題は起こるでしょう。

経営者に伝えたいこと

この事件を通じて、経営者の皆さんにもお伝えしたいことがあります。それは、「信頼できる専門家を選ぶ基準」についてです。

税理士を選ぶとき、多くの方は「専門知識があるか」「実績があるか」「料金は適正か」といった点を重視されると思います。もちろん、それらも大切です。でも、それ以上に大切なのは、「この人は信頼できるか」という感覚です。

専門知識だけがある人は、たくさんいます。でも、あなたの話を本当に聞いてくれる人、あなたの経営を理解しようとしてくれる人、困ったときにすぐに相談できる人は、意外と少ないものです。

税理士との関係は、単なる業務契約ではありません。それは、信頼関係です。あなたの事業を一緒に考えてくれる、近い存在としてのパートナーです。だからこそ、「話しやすさ」や「人としての信頼感」を、選ぶ基準に入れてほしいのです。

そして、もし今の税理士に対して「相談しにくい」と感じているなら、それは変えるべきサインかもしれません。税理士は、あなたが最初に相談できる相手であるべきです。フランクで、親しみやすく、でも誠実で、安心して任せられる。そういう存在でなければ、本当の意味での「良い税理士」とは言えないのです。

まとめ:税理士の価値は「人としての信頼」にある

今回の事件は、税務のプロでさえ騙されてしまうという、衝撃的な内容でした。でも私は、この事件から学ぶべきは、「技術的な対策を強化しよう」ということだけではないと思います。

本当に学ぶべきは、「専門性だけでは人は守られない」ということです。そして、「信頼されているという自覚と責任感が、すべての基盤である」ということです。

税理士という仕事は、数字を扱う仕事ではありません。人と向き合う仕事です。経営者の不安を受け止め、一緒に考え、背中を押す仕事です。そして何より、「最初に相談される存在」として、信頼に応え続ける仕事なのです。

これからの時代、AIがどれだけ発達しても、人と人とのつながりの価値は変わりません。むしろ、技術が進めば進むほど、「人としての信頼」の重要性は増していくでしょう。

私は、これからも「話しやすい税理士」「近い存在としての税理士」であり続けたいと思っています。専門知識を磨くことはもちろんですが、それ以上に、経営者の皆さんから「この人なら安心して相談できる」と思ってもらえる人間であり続けたいのです。

税理士の価値は、専門性ではなく、信頼です。そして信頼は、日々の誠実な対応と、人間対人間としての向き合い方から生まれます。この事件を、私たち専門家全員が、自分自身を見つめ直すきっかけにすべきだと思います。

参考記事→https://www.asahi.com/articles/ASV6M2T1DV6MPTIL00NM.html