「円に戻すまで課税されない」は通用しない──外貨間取引の為替差益課税、最高裁判決が投げかける教訓

「円に戻すまで課税されない」は通用しない──外貨間取引の為替差益課税、最高裁判決が投げかける教訓

2026年6月17日、読売新聞に掲載された記事を目にして、私はあらためて「税の世界では、経済実態が何よりも優先される」という原則の重みを感じました。

記事によれば、外貨を別の外貨に交換した際に生じた為替差益について、最高裁が「課税対象になる」との初判断を示したとのことです。原告の個人投資家は「円に払い戻すまでは利益が確定しない」と主張しましたが、最高裁はこれを退け、「別の外貨に交換した時点で、円との関係で変動していた外貨の価値は固定化され、利益が確定する」と判断しました。

この判決は、税理士として多くの経営者や投資家と接する私にとって、非常に示唆に富むものです。今回は、この判決が持つ意味と、私たちがそこから学ぶべきことについてお話しさせてください。

「利益の確定」とは何か──税の世界の考え方

税の世界では、「利益がいつ確定するか」という問いは極めて重要です。なぜなら、課税のタイミングはこの「利益の確定」によって決まるからです。

今回の判決で争点となったのは、外貨から別の外貨への交換が「利益の確定」に該当するかどうかでした。原告側は「円に戻すまでは為替リスクがあるのだから、利益は確定していない」と主張しましたが、最高裁はこれを認めませんでした。

最高裁の判断は明確です。外貨Aから外貨Bに交換した時点で、円との関係において外貨Aの価値は固定化される。つまり、その瞬間に「円ベースでの損益」が確定するのだ、と。

私はこの判断を、税の世界における「経済実態主義」の表れだと受け止めています。

税法は、形式ではなく実態を見ます。外貨から外貨への交換であっても、そこに経済的な価値の移転があり、円ベースでの利益が生じているのであれば、それは課税対象となる。これが税の世界の原則です。

105億円の資産運用、9億円超の申告漏れ──数字の裏にあるもの

今回のケースでは、原告の個人投資家が海外の銀行に105億円を預け、資産運用を一任していました。そして東京国税局は、2014年と2015年の2年間で約9億3000万円の申告漏れを指摘しました。

この数字を見て、私が思うのは「これだけの資産を動かしているのに、税務上のリスクをどう考えていたのだろうか」ということです。

もちろん、原告側には原告側の主張があったでしょう。「円に戻すまでは利益が確定しない」という理屈も、一見すると筋が通っているように思えます。しかし、税の世界ではその理屈は通用しませんでした。

私は税理士として、こうしたケースを見るたびに思うのです。「もっと早い段階で、専門家に相談していれば」と。もしかしたら専門家に相談していたのかもしれませんが…

税務は、結果が出てから対応するのではなく、事前に備えるものです。特に、国際的な資産運用や外貨取引のような複雑な取引においては、事前の税務検討が不可欠です。

税理士の役割は「最初に相談される存在」であること

私は常々、税理士の本質は「数字を処理する人」ではなく、「最初に相談される存在」であるべきだと考えています。

今回のような外貨間取引の課税問題についても、もし事前に相談を受けていたら、私はこう伝えていたと思います。

「外貨から外貨への交換でも、円ベースでの損益は認識される可能性が高いです。税務上のリスクがあるので、取引の前に一度、税理士や税務の専門家に確認しておいた方がいいですよ」

もちろん、最終的な判断は経営者や投資家ご本人がするものです。私たち税理士は、リスクを提示し、選択肢を示すことが仕事です。押しつけるのではなく、判断材料を提供する。それが私の考える税理士のあり方です。

しかし、そのためには「相談しやすい関係」が必要です。顧問契約を結んでいるかどうかに関係なく、何かあったときに「ちょっと聞いてもいいですか?」と気軽に連絡できる関係。それが、税理士と経営者・投資家の理想的な関係だと私は思っています。

「節税」と「租税回避」の境界線

今回の判決を受けて、私がもうひとつ強調しておきたいのは、「節税」と「租税回避」の違いについてです。

節税とは、税法の範囲内で合法的に税負担を軽減することです。一方、租税回避とは、税法の趣旨に反する形で税負担を不当に軽減しようとする行為です。

今回のケースが租税回避に該当するかどうかは判断が分かれるかもしれませんが、少なくとも最高裁は「円に払い戻すまでは課税されない」という理屈を認めませんでした。

私は、節税は効果のある王道の方法を基本とし、怪しさや過度なテクニックには寄らないという姿勢を大切にしています。なぜなら、税務は長期的な信頼関係の上に成り立つものだからです。

一時的に税負担を軽減できたとしても、後から税務調査で指摘され、過少申告加算税や延滞税が課されたのでは意味がありません。それどころか、信頼を失い、事業に悪影響を及ぼす可能性さえあります。

「キャッシュ重視」の視点から見た今回の判決

私は常々、会社経営で最も重要なのは利益よりキャッシュだと考えています。会社を強くするには、現金を残す視点が必要です。

今回の判決は、この「キャッシュ重視」の視点からも重要な教訓を与えてくれます。

原告の投資家は、外貨間取引で為替差益を得ていましたが、その利益を円に戻していませんでした。しかし、税務上は利益が確定しているとみなされ、約3億7000万円の所得税を課されることになりました。

つまり、手元に円キャッシュがない状態で、多額の税金を支払わなければならなくなったのです。

これは、経営者にとっても他人事ではありません。利益が出ているからといって、それがすぐに現金として手元にあるとは限りません。売掛金が回収できていなければ、利益は出ていてもキャッシュはない。そんな状況で税金だけが先に発生すれば、資金繰りに窮することになります。

今回のケースは、「利益とキャッシュは違う」という経営の基本原則を、税務の文脈でも再確認させてくれるものでした。

決算書は絶対視するものではなく、経営の積み重ねを映す指標

私は、決算書は絶対視するものではなく、経営の積み重ねを映す指標として冷静に受け止めるべきだと考えています。

今回の判決でも、数字の背後にあるのは「経済実態」です。外貨から外貨への交換という形式的な取引であっても、そこに円ベースでの利益が生じているのであれば、税務上は利益として認識される。これは、形式ではなく実態を重視する税の考え方そのものです。

経営者の皆さんにお伝えしたいのは、決算書や税務申告書の数字だけを見るのではなく、その背後にある経済実態を理解することの重要性です。

そして、その理解を深めるためには、税理士との対話が欠かせません。決算書を渡されて「はい、終わり」ではなく、「この数字はどういう意味なのか」「税務上のリスクはないか」「今後どう対応すればいいのか」といったことを、きちんと話し合う。それが、良い税理士との関係だと私は思っています。

AI時代でも人が会って話し、背中を押すことに価値がある

最後に、私がこの判決から感じたもうひとつのことをお話しさせてください。

それは、「税務は人と人との信頼関係の上に成り立つ」ということです。

今の時代、AIが発達し、多くの業務が自動化されつつあります。税務申告書の作成も、いずれはAIが担う部分が増えていくでしょう。

しかし、それでもなお、人が会って話し、経営者の背中を押すことに税理士の価値が残り続けると私は信じています。

今回のようなケースでも、もし事前に税理士に相談していれば、結果は変わっていたかもしれません。「この取引は税務上のリスクがありますよ」と伝え、別の選択肢を示すことができたかもしれません。

そうした「対話」や「相談」は、AIには代替できません。なぜなら、それは単なる情報の提供ではなく、信頼関係に基づいた「伴走」だからです。

私は、税理士とは経営者にとって「近い存在」であるべきだと考えています。フランクに話せて、気軽に相談できる。でも、いざというときにはしっかりとリスクを提示し、判断を支える。そんな存在でありたいと思っています。

まとめ──この判決から学ぶべきこと

今回の最高裁判決は、外貨間取引における為替差益の課税について、明確な判断を示しました。

その教訓は、以下の3つに集約されます。

  1. 税の世界では、形式ではなく経済実態が重視される
    外貨から外貨への交換であっても、円ベースでの利益が生じていれば課税対象となる。
  2. 事前の税務検討が不可欠
    複雑な取引を行う際には、事前に税理士や専門家に相談し、税務上のリスクを確認しておくことが重要。
  3. 税理士との信頼関係が経営を支える
    税理士は、単なる申告書の作成者ではなく、最初に相談される存在であるべき。そのためには、気軽に話せる関係が必要。

私は、この判決を通じて、あらためて税理士としての自分の役割を再確認しました。

経営者や投資家の皆さんが、安心して事業に取り組めるように。そして、税務上のリスクを事前に把握し、適切な判断ができるように。そのために、私は「最初に相談される存在」であり続けたいと思っています。

もし、この記事を読んで「うちの取引は大丈夫かな?」と少しでも不安に感じたら、ぜひお気軽にご相談ください。税理士とは、そのために存在しているのですから。

参考記事外貨→別の外貨で為替差益、最高裁が「課税対象」と初判断…「円に戻すまで利益確定しない」との訴え退ける : 読売新聞