専門家団体の会費値上げが示す、これからの士業の本質

専門家団体の会費値上げが示す、これからの士業の本質

社会保険労務士会が34年ぶりに会費を月額300円引き上げることを決定しました。令和10年4月から、開業社労士・社労士法人社員は月2000円、その他の社労士は月1500円になります。背景にあるのは会員数の伸びの鈍化と財政の赤字基調への転換です。全国社会保険労務士会連合会の若林会長は「経費削減に取り組んできたが、それだけでは乗り越えられない段階に来ている」と理解を求めています。

実は、税理士会でも同様に会費の値上げが決まっています。こうした専門家団体の会費値上げは、単なる組織の財政問題にとどまらず、私たち士業がこれからどう生きていくかという本質的な問題を突きつけていると思っています。

会費値上げが映し出す士業の構造変化

34年ぶりの値上げ。この数字が意味するのは、長い間、会員数の増加によって組織が支えられてきたという事実です。会員が増えれば会費収入も増え、組織は安定する。そういう時代が終わりを迎えているということでしょう。

税理士会も同じです。かつては税理士資格を取れば顧問先がある程度確保できた時代がありました。しかし今は違います。AIやクラウド会計の普及、記帳代行の低価格化、そして何より経営者の意識の変化によって、「資格を持っているだけで選ばれる時代」は終わったのです。

会員数の伸びの鈍化は、士業という職業そのものが転換期を迎えていることの表れだと私は考えています。そしてこの転換期において、私たちが問い直さなければならないのは「専門家として何を提供するのか」という根本的な問いです。

資格ではなく、関係性が価値になる時代

私は常々、税理士の本質は「最初に相談される存在」であると考えています。数字を処理する人ではなく、経営者が何か困ったとき、何か判断に迷ったとき、真っ先に声をかけられる存在であることが税理士の価値だと思っています。

これは社労士も同じではないでしょうか。労務管理や社会保険の手続きは確かに重要ですが、それだけならシステムやアウトソーシングでも代替できてしまいます。しかし、「うちの社員がこんなことを言ってきたんだけど、どうしたらいいかな」という相談を受けられるかどうか。そこに専門家としての本当の価値があるのではないでしょうか。

専門性だけでは差別化できない時代になっています。税理士も社労士も、資格を持っている人は数多くいます。その中で選ばれるためには、思想や理念、人としての信頼感が必要です。つまり、「この人だから相談したい」と思ってもらえる関係性が価値になるのです。

会費値上げという出来事は、私たちにこの現実を改めて突きつけています。会員が増えない、つまり資格取得者が増えても開業する人が増えないのは、「資格さえあれば食べていける」という時代が終わったからです。そして、それは決して悲観すべきことではないと私は思っています。

顧問契約は信頼されている証明である

私は顧問契約を単なる業務契約だとは考えていません。顧問契約とは、信頼されていることの証明だと思っています。

月々の顧問料をいただくということは、その経営者が「この人に相談できる状態を維持したい」と思ってくれているということです。単発の業務であれば、必要なときだけ依頼すればいいわけです。それでも継続的に契約を結んでくれるのは、そこに信頼があるからです。

だからこそ、私たち専門家は「相談されやすい存在」であり続けなければならないと思っています。専門用語を並べて威圧するのではなく、経営者と同じ目線で話し、相手の意思を尊重しながらも、リスクは正しく提示する。そういう姿勢が信頼を生むのです。

会費が値上げされるということは、組織を維持するコストが上がっているということです。それは研修の質を上げたり、会員サービスを充実させたりするための投資でもあるでしょう。しかし、どれだけ組織が立派なサービスを提供しても、最終的に経営者が選ぶのは「組織」ではなく「人」です。

税理士会がどれだけ立派な研修を用意しても、私たち一人ひとりが経営者に信頼される存在でなければ、顧問契約は生まれません。社労士も同じです。組織の後ろ盾ではなく、個人として信頼される関係性を築けるかどうかが、これからの時代を生き抜く鍵になると思っています。

小さく強く、現金を残す経営の視点

会費値上げに対して、会員からは当然ながら様々な意見が出るでしょう。「経費が増える」「負担が大きい」という声もあるはずです。しかし、ここで私が大切にしている経営の視点を共有したいと思います。

それは「会社経営で最も重要なのは利益よりキャッシュである」という考え方です。会費が月300円上がるということは、年間で3600円の支出増です。これを「負担」と捉えるか、「組織への投資」と捉えるかで、見え方は変わります。

しかし、もっと本質的なことを言えば、月300円の負担に敏感にならざるを得ない経営状態であれば、そもそも事業の構造を見直す必要があるということです。私は「小さく強く」という経営を大切にしています。売上を追い求めるのではなく、キャッシュを残せる体質にする。無駄なコストを削り、本当に必要なものにだけお金を使う。

会費は必要経費です。そして、その会費によって得られる研修やネットワーク、信用は、使い方次第で何倍もの価値を生み出します。だからこそ、目先の負担増に目を奪われるのではなく、「この投資をどう活かすか」という視点で考えることが大切だと思っています。

決算書は絶対視するものではなく、経営の積み重ねを映す指標として冷静に受け止めるべきです。会費が上がったという事実を決算書に反映させることは簡単ですが、その会費をどう活かしたかという成果は、数字だけでは測れません。経営者として、そして専門家として、私たちはその視点を持ち続けるべきだと思います。

AI時代でも残る、人が会う価値

会員数の伸びが鈍化している背景には、AI技術の進化による業務の自動化も影響しているでしょう。実際、記帳や給与計算、社会保険手続きの多くは、システムで完結できる時代になっています。

それでも私は、AI時代だからこそ人が会って話すことに価値が残ると確信しています。

経営者が本当に必要としているのは、手続きの代行ではなく「背中を押してくれる存在」です。数字を見て不安になったとき、従業員とのトラブルで悩んだとき、新しい挑戦をするかどうか迷ったとき。そういう場面で「大丈夫ですよ」と言ってくれる人、あるいは「ここはリスクがありますよ」と正直に伝えてくれる人がいるかどうかが、経営者にとっての安心感につながります。

AIは計算も分析も得意ですが、経営者の気持ちに寄り添うことはできません。人間対人間の関係だからこそ生まれる信頼があり、その信頼があるからこそ、相談の起点になれるのです。

会費が値上げされるという出来事は、私たちにとって「これからどう価値を提供するか」を考え直す機会でもあります。組織が会費を上げてでも維持しようとしているものは何か。そして、私たち個人が提供すべき価値は何か。その問いに向き合うことが、これからの時代を生き抜く力になると思っています。

サービス業としての覚悟

私は税理士という仕事をサービス業だと捉えています。社労士も同じです。私たちは専門知識を持っているだけではなく、その知識を使って経営者の課題を解決する存在です。

サービス業である以上、お客様である経営者に選ばれなければ仕事になりません。そして選ばれるためには、専門性だけでなく、話しやすさ、近い存在であること、友達っぽい関係性を築けることが重要です。

会費値上げという出来事を通じて、私たちが改めて意識すべきは「選ばれる理由」です。組織が会費を上げてでも提供しようとしている価値を受け取り、それを自分の専門性や人間性に組み込んで、経営者に届ける。そのサイクルを回せる人だけが、これからの時代を生き抜いていけるのだと思います。

変化を前向きに受け止める

税理士会も社労士会も、会費の値上げという選択をしました。それは組織として生き残るための決断であり、会員に対する投資でもあります。

私たちにできることは、その変化を前向きに受け止め、自分自身の価値を高め続けることです。専門知識を磨くことはもちろん、経営者にとって「相談したい存在」であり続けるために、人としての魅力や信頼感を大切にする。

会費が上がることは確かに負担かもしれません。しかし、その負担を上回る価値を自分自身が提供できるかどうか。そこに、私たち専門家としての真価が問われているのだと思います。

これからの時代、資格だけで選ばれることはありません。選ばれるのは、経営者の近くにいて、最初に相談される存在になれる人です。会費値上げという出来事を、そのことを改めて考える機会にしてみてはいかがでしょうか。

参考記事→社会保険労務士 会費を月300円引き上げ 10年4月から適用に 全国社労士会|労働新聞 ニュース|労働新聞社