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はじめに:18年ぶりの変化が示すもの
日本経済新聞の報道によると、日本の家計資産に占める現預金の比率が2025年に49.1%となり、18年ぶりに50%を割り込みました。長らく「貯蓄好き」と言われてきた日本人のお金の置き場所が、ようやく変わり始めているように見えます。
しかし、税理士として多くの中小企業経営者や個人事業主の方々と向き合ってきた私には、この数字の裏側に、もう少し複雑な事情が見えてきます。それは「投資に積極的になった」というよりも、「インフレで預金が目減りするから、仕方なく動き出した」という側面が強いのではないか、ということです。
今回は、この統計データをきっかけに、インフレ時代における個人と企業のお金の考え方について、税理士の視点からお話ししたいと思います。
インフレが変えた日本人のお金の置き場所
現預金比率低下の背景
家計資産の現預金比率が50%を割ったというニュースは、一見すると「貯蓄から投資へ」という政府の掛け声が実を結んだように見えます。実際、新NISA制度の開始やiDeCoの普及など、個人が投資しやすい環境は整ってきました。
しかし、この変化の最大の要因は、インフレによる実質的な資産の目減りです。物価が上がれば、預金の価値は相対的に下がる。だから「このままではまずい」と感じた人たちが、投資信託や株式などに資金を移し始めた――これが現実ではないでしょうか。
投資ブームの光と影
投資への関心が高まること自体は、悪いことではありません。むしろ、長期的な資産形成という観点では望ましいことです。ただ、私が気になるのは、その投資が「攻めの投資」なのか「守りの投資」なのか、という点です。
攻めの投資とは、余裕資金を使って資産を増やしていく前向きな投資です。一方、守りの投資は、「預金していると損をする」という不安から、仕方なく投資に向かうケースです。後者の場合、リスク許容度を超えた投資をしてしまい、結果的に資産を減らしてしまう危険性があります。
税理士が見てきた「キャッシュがない会社」の現実
利益があってもキャッシュがない怖さ
税理士として、これまで多くの中小企業の決算書を見てきました。その中で感じるのは、「利益が出ているのにキャッシュがない」という会社が意外に多いということです。
売上は伸びている。利益も出ている。でも、手元にお金がない。これは、売掛金の回収が遅れていたり、在庫に資金が眠っていたり、設備投資にお金を使いすぎていたりと、さまざまな理由があります。
決算書上は黒字でも、キャッシュがなければ、取引先への支払いができず、最悪の場合は黒字倒産に至ることもあります。だからこそ、私は社長さんたちに「キャッシュフロー経営」の大切さを繰り返しお伝えしています。
節税とキャッシュは別物
中小企業の経営者の方から、よくこんな質問を受けます。「節税したほうがいいですよね?」
もちろん、効果的でオーソドックスな節税は大切です。しかし、節税することと会社を強くすることは、必ずしもイコールではありません。
たとえば、利益を圧縮するために不要な経費を使ってしまえば、確かに税金は減りますが、手元のキャッシュも減ります。それよりも、多少税金を払ってでもキャッシュを手元に残しておくほうが、会社の体力を強くすることにつながる場合も多いのです。
税金を減らすことが目的ではなく、キャッシュを残すことが目的――この視点を持つことが、小さく強い会社をつくる第一歩だと私は考えています。
個人の資産運用でも同じこと
まず「生活防衛資金」を確保する
個人の資産運用についても、考え方は同じです。投資を始める前に、まず確認すべきなのは「生活防衛資金」が十分にあるかどうかです。
生活防衛資金とは、万が一収入が途絶えたときでも、一定期間生活できるだけの現預金のことです。一般的には、生活費の3〜6ヶ月分が目安と言われています。
この生活防衛資金を確保せずに、いきなり投資に走ってしまうと、急な出費があったときに投資商品を損切りして現金化しなければならなくなります。これでは本末転倒です。
余裕資金で運用する意味
投資は、あくまで「余裕資金」で行うべきものです。余裕資金とは、当面使う予定がなく、万が一減ってしまっても生活に支障がないお金のことです。
インフレで預金の価値が目減りするのは事実ですが、だからといって焦って全額を投資に回す必要はありません。まずは手元に必要なキャッシュを確保し、その上で余裕資金を運用していく――この順序を守ることが、堅実な資産形成の基本です。
経営者に伝えたい「キャッシュを残す経営」の具体策
月次でキャッシュフローを把握する
会社経営において、最も重要なのは月次でキャッシュフローを把握することです。年に一度の決算書だけでは、日々の資金繰りの実態は見えません。
毎月、営業活動でどれだけキャッシュが入ってきて、どれだけ出ていったのか。投資活動や財務活動も含めて、キャッシュの動きを把握することで、資金ショートのリスクを未然に防ぐことができます。
運転資金は何ヶ月分あるか
私が社長さんたちとお話しするときに必ず確認するのが、「今の手元資金で、何ヶ月会社を回せますか?」という点です。
理想は、最低でも3ヶ月分、できれば6ヶ月分の運転資金を手元に持っておくことです。これがあれば、急な売上の減少や予期せぬ出費があっても、慌てずに対応できます。
この余裕があって初めて、「余裕資金を運用に回す」という選択肢が生まれてくるのです。
正しいタイミングで正しい節税を
節税は、効果があり、正当でオーソドックスなものを、状況に応じて行うべきです。流行りの節税商品に飛びついたり、キャッシュを犠牲にしてまで節税したりする必要はありません。
大切なのは、税理士と相談しながら、会社の状況に合った節税策を選ぶことです。そして、節税によって浮いた資金をどう活用するか、という視点を持つことです。
税理士という仕事の本質
「困ったときに一番最初に相談される存在」でありたい
私は、税理士とは「困ったときに一番最初に相談される存在」であるべきだと思っています。税務や会計の専門家であることはもちろん大切ですが、それ以上に、経営者の課題解決の起点になることが重要だと考えています。
社長さんたちは、税金のことだけでなく、資金繰り、人の悩み、将来の不安など、さまざまなことを抱えています。そんなとき、「とりあえず、あの人に聞いてみよう」と思ってもらえる存在でありたい。
それが、顧問契約という信頼の証であり、税理士としての価値だと思っています。
専門性よりも「話しやすさ」
税理士というと、堅くて難しい話をする人、というイメージがあるかもしれません。でも私は、専門性以上に、話しやすさや距離の近さが信頼を生むと考えています。
フランクに話せて、何でも相談できる。そんな関係性があるからこそ、社長の本音が聞けるし、本当に必要なアドバイスができる。人間対人間の関係性を大切にすることが、税理士の仕事の根っこにあると思っています。
まとめ:インフレ時代に必要なのは「バランス感覚」
家計資産の現預金比率が50%を割ったというニュースは、確かに日本人のお金の置き場所が変わり始めていることを示しています。しかし、その変化が「攻めの投資」なのか「守りの投資」なのか、冷静に見極める必要があります。
大切なのは、増やすことよりも、まずキャッシュを残すこと。そして、余裕資金で賢く運用していくこと。このバランス感覚が、インフレ時代を生き抜く鍵だと私は考えています。
会社経営でも、個人の資産運用でも、考え方は同じです。まずは手元にキャッシュを確保する。その上で、余裕資金を運用に回していく。この順序を守ることが、小さく強い会社をつくり、堅実な資産形成を実現する基本です。
もし、今あなたが「投資をしたほうがいいのかな」と迷っているなら、まずは手元のキャッシュを確認してみてください。生活防衛資金は十分にありますか?会社の運転資金は何ヶ月分ありますか?
その答えが見えてから、次のステップを考えても遅くはありません。焦らず、堅実に、一歩ずつ進んでいきましょう。
何か困ったことがあれば、いつでも相談してくださいね。私たち税理士は、そのためにいるのですから。

