目次
- インフルエンサー実業家が選んだ脱税という道
- B勘屋を使った架空業務委託費計上という手口
- SNSでの華やかな生活発信が査察のきっかけに
- 事件のきっかけとなった税理士の言葉
- 税理士は金額を伝えるだけの存在ではない
- 納税額を伝える際に必要なコミュニケーションとは
- 正当な節税策は状況に応じて提案すべき
- しかし税金を減らすことが目的ではない
- 脱税と節税の境界線は明確である
- 是正助言義務とは何か
- 知りながら放置すれば税理士自身が脱税ほう助に
- しかし法律だけが理由ではない
- 帳簿の異常に気づく感覚を持つこと
- 正面から問いかけ、詳細を確認する
- リスクをやんわりと、しかしきちんと伝える
- 本税・重加算税・延滞税の三重苦
- 刑事罰としての罰金も
- 社会的信用の失墜は金額では測れない
- 顧問契約とは信頼の証である
- 「あの人に聞いてみよう」と思われる存在に
- 人間対人間の関係性を大切に
はじめに~税理士の一言がきっかけとなった1.5億円脱税事件
2025年12月、インスタグラムで50万人のフォロワーを持つ実業家・宮崎麗果被告が法人税法違反で起訴されました。総額1.5億円の脱税、追徴税額は5億円を超える可能性があるという衝撃的な事件です。
高級ブランドのバッグや高級車に囲まれた華やかな生活をSNSで発信していた彼女が、なぜ脱税という道を選んでしまったのか。報道によれば、事件のきっかけは税理士の「納税額が2000万円になる」という一言だったといいます。
税理士として20年以上、多くの経営者の方々と向き合ってきた私にとって、この報道は深く考えさせられるものでした。本記事では、この事件を通じて、経営者と税理士の本当の関係性、そして税理士がどうあるべきかについて、私の考えをお伝えしたいと思います。
宮崎麗果被告の脱税事件とは?架空経費計上の手口と発覚の経緯
インフルエンサー実業家が選んだ脱税という道
宮崎麗果被告は、美容系コンサル会社を皮切りに化粧品関連やランジェリーブランドなど、複数の事業を展開する実業家でした。同時に、インスタグラムで50万人ものフォロワーを抱え、華やかな生活を発信するインフルエンサーとしても知られていました。
2021年1月期と2023年~2024年1月期の間に、彼女は約4.96億円の所得を隠し、法人税約1.26億円と消費税約3100万円、合計約1.5億円を脱税したとされています。
B勘屋を使った架空業務委託費計上という手口
彼女が用いた手法は、いわゆる「B勘屋」と呼ばれる業者を使った架空経費の計上でした。B勘屋とは、5~10%程度の手数料と引き換えに架空の取引を装った領収書を発行する業者のことです。
宮崎被告は知人から紹介されたB勘屋に対して、業務委託費として総額約4.96億円の未払金を計上。これにより利益を圧縮し、納税額を減らそうとしました。
しかし、数年にわたって約5億円もの金額が未払いという状態は、どう考えても不自然です。この異常な会計処理が、国税局査察部(マルサ)の目に留まったと考えられます。
SNSでの華やかな生活発信が査察のきっかけに
国税局査察部が宮崎被告に注目したきっかけは、SNSでの華やかな生活発信だったといわれています。高級ブランドのバッグや高級車の購入をアピールする一方で、申告している所得が少なかったことが、調査対象となった理由でしょう。
マルサはさまざまな情報源を駆使して脱税の疑いがある対象を絞り込みます。近年ではSNSも重要な情報源となっており、生活水準と申告所得の乖離は格好の調査対象となるのです。
「納税額が2000万円になる」という一言の重み~税理士の伝え方が持つ意味~
事件のきっかけとなった税理士の言葉
報道によれば、宮崎被告が脱税に手を染めるきっかけとなったのは、税理士から告げられた「納税額が2000万円になる」という一言でした。
この言葉を聞いた彼女は、納税額を減らす方法を知人に相談し、その結果、知人を通じてB勘屋を紹介され、架空の経費を計上する道を選んでしまいました。
税理士として、私はこの部分に深く考えさせられました。
税理士は金額を伝えるだけの存在ではない
もちろん、納税額を正確に計算して伝えることは税理士の基本的な職務です。しかし、それだけで終わっていいのでしょうか。
そもそも毎月試算表を作成していれば、納税額はある程度わかるはずです。しかしこの件では毎月試算表を作成していなかったと推察します。
いきなり「2000万円になります」とだけ伝えられた経営者が、その瞬間にどう感じるか。「こんなに払えない」「何とかならないのか」という不安や焦りを抱くのは自然なことです。
そのとき、経営者が最初に相談できる相手が税理士であるべきだと私は考えています。
税理士とは、困ったときに一番最初に相談される存在でなければなりません。税務や会計だけでなく、経営者の課題解決の起点になること。それが税理士の本当の役割ではないでしょうか。
納税額を伝える際に必要なコミュニケーションとは
納税額を伝える際、私が心がけているのは、その背景や理由もきちんと説明することです。また、決算3か月前くらいの段階で利益納税額の見通しもきちんと説明します。
「今期はこういう理由で利益が多く出ています」「この経費は認められますが、こちらは難しいです」「正当な節税策としては、こういう方法があります」といった形で、経営者が納得できるように丁寧に説明します。
そして何より大切にしているのは、「何か困っていることはありませんか?」「納税資金の準備は大丈夫ですか?」と、経営者の不安や悩みを引き出す姿勢です。
専門性以上に、話しやすさや距離の近さが信頼を生む。これが私の信念です。
節税と脱税の境界線~税金を減らすことと会社を強くすることは違う~
正当な節税策は状況に応じて提案すべき
私は節税を否定しません。効果的でオーソドックスな節税策は、状況に応じて積極的にご提案しています。
たとえば、自宅を事務所として使っている場合の家賃や光熱費の按分、新しい設備投資による減価償却、役員報酬の適正化、生命保険の活用など、法律で認められた範囲内での節税は経営者の権利です。
しかし税金を減らすことが目的ではない
ただし、私が常にお伝えしているのは「税金を減らすことと会社を強くすることは同じではない」ということです。
過度な節税策は、結果的にキャッシュを減らしてしまうこともあります。たとえば、節税のために不要な設備投資をすれば、手元の現金が減ります。会社を強くするために本当に必要なのは、キャッシュを残すことです。
小さく強い会社を作ること。これが私が大切にしている経営の考え方です。
脱税と節税の境界線は明確である
脱税と節税の違いは、法律で認められているかどうかという点で明確です。
架空の経費を計上する、現金売上を申告しない、私的な支出を経費にするといった行為は、明らかに脱税です。一方、法律に基づいた正当な方法で税負担を軽減することは節税であり、経営者の正当な権利といえます。
ただし、この境界線が曖昧に見える場合もあります。だからこそ、税理士という専門家に相談することが重要なのです。
税理士法が定める「是正助言義務」とは~税理士が果たすべき責任~
是正助言義務とは何か
税理士法41条の3では、税理士が顧客の不適正な会計処理に気づいた場合は、是正するように助言しなければならないと定められています。これを「是正助言義務」といいます。
つまり、架空の領収書や不適切な経費計上に気づいた場合、税理士は「それはできません」「正しい処理に直してください」と伝える義務があるのです。
知りながら放置すれば税理士自身が脱税ほう助に
もし不正を知りながら申告書を作成すれば、税理士自身が脱税ほう助に問われるリスクがあります。
法人税法によれば、脱税ほう助が成立する要件は以下の通りです。
・納税者が売上除外や架空経費計上などの脱税行為を行う
・虚偽内容だと知りながら税理士や会計士が申告書の作成・申告を行う
脱税ほう助が認められれば、税理士法に基づく懲戒処分を受け、税理士業務ができなくなることもあります。実際、近年は懲戒処分事案が増加しています。
しかし法律だけが理由ではない
私たち税理士が是正を助言するのは、法律で決まっているからという理由だけではありません。
経営者を守るため、そして会社を守るためです。脱税は必ず発覚します。発覚すれば、追徴税額は本税の何倍にもなり、社会的信用も失います。
そうなる前に、「これはリスクがあります」「別の方法を考えましょう」と伝えることが、本当の意味で経営者のためになると信じています。
架空領収書に気づいたとき税理士はどう対応すべきか
帳簿の異常に気づく感覚を持つこと
今回の事件では、約5億円もの業務委託費が数年間未払いという明らかに異常な状態でした。税理士が関与していれば、この時点で「おかしい」と気づくはずです。
日常的に多くの企業の帳簿を見ていると、異常な数字には感覚的に気づくものです。「この規模の会社で、この金額が未払い?」「この経費、本当に発生している?」といった違和感を大切にすることが重要です。
正面から問いかけ、詳細を確認する
違和感を持ったら、遠慮せずに確認することが大切です。
「この業務委託費について、もう少し詳しく教えていただけますか?」「請求書や契約書を見せていただけますか?」と、フランクながらも誠実に問いかけます。
経営者との信頼関係があれば、こうした質問も受け入れてもらえるはずです。
リスクをやんわりと、しかしきちんと伝える
もし不適切な処理だと判断した場合は、リスクをきちんと伝えます。
「これは税務調査で否認される可能性が高いです」「最悪の場合、脱税と認定されることもあります」「追徴税額はこれくらいになる可能性があります」と、具体的に説明します。この件はそもそもない経費を作りだしたため、絶対にしてはいけまん。
ただし、頭ごなしに否定するのではなく、「社長の気持ちはわかります。でも、こういうリスクがあるんです。別の方法を一緒に考えましょう」という姿勢で臨みます。
社長の意思は尊重しつつ、脱税は厳禁である、またリスクはやんわりとでもきちんと提示する。この距離感が大切だと思っています。
追徴税額5億円超の衝撃~脱税のコストとリスク~
本税・重加算税・延滞税の三重苦
脱税が発覚すると、まず本来支払うべきだった税金(本税)を支払います。今回のケースでは約1.5億円です。
それに加えて、重加算税として本税の35%が課されます。約5,000万円です。
さらに、納付期限から完納までの期間に対して延滞税が課されます。期間が長ければ長いほど金額は膨らみます。
刑事罰としての罰金も
有罪判決が出れば、刑事罰として本税の1~3割程度の罰金が科されることが一般的です。
すべてを合計すると、今回の事件では5億円を超える可能性があるといわれています。脱税した1.5億円の3倍以上です。
社会的信用の失墜は金額では測れない
金銭的なダメージだけではありません。脱税で起訴されれば、社会的信用は地に落ちます。
顧客離れ、取引先との関係悪化、従業員の士気低下、家族への影響など、失うものは計り知れません。
宮崎被告の場合、インフルエンサーとしての信用も完全に失われました。これまで築いてきたブランド価値が一瞬で崩れ去ったのです。
経営者と税理士の信頼関係が脱税を防ぐ
顧問契約とは信頼の証である
私は、顧問契約とは単なる業務契約ではなく信頼の証だと考えています。
税務や会計の専門知識を提供するだけでなく、経営者のよろず相談相手になること。事業のこと、お金のこと、時には人生のことまで、気軽に相談できる関係を築くこと。それが顧問税理士の本当の価値だと思っています。
「あの人に聞いてみよう」と思われる存在に
経営者が何か困ったとき、迷ったとき、「そうだ、あの人に聞いてみよう」と真っ先に思い浮かべてもらえる存在でありたい。
これが私の目指す税理士像です。
そのためには、専門性はもちろん大切ですが、それ以上に話しやすさや距離の近さが重要です。フランクだけど誠実。親しみやすいけれど、必要なことはきちんと伝える。そんなバランスを心がけています。
人間対人間の関係性を大切に
AI時代と言われる今でも、税理士の本当の価値は人間対人間の関係性にあると信じています。
会って話し、表情を見て、言葉の裏にある本音を感じ取る。決算書の数字だけでなく、経営者の思いや不安を理解する。そして、前に進む背中を押す。
機械にはできないこと、AIには代替できないこと。それは対話と決断を後押しすること。それが税理士の存在意義だと思っています。
まとめ:税理士として大切にしたいこと
今回のインフルエンサー脱税事件は、税理士と経営者の関係性について、あらためて考えさせられる出来事でした。
「納税額が2000万円になる」という一言がきっかけだったと聞いて、私は思います。もし、そのときに経営者の不安を受け止め、一緒に考える姿勢を示していたら、もっと初期の段階から税理士がコミュニケーションを取っていたら結果は違ったかもしれない、と。
税理士の役割は、税金を計算することだけではありません。
経営者の課題解決の起点になること。話しやすく、相談しやすい存在であること。専門家として正しい道を示しつつ、経営者の気持ちに寄り添うこと。そして、会社を小さく強くするお手伝いをすること。
節税は大切です。でも、税金を減らすことと会社を強くすることは同じではありません。本当に大切なのは、キャッシュを残し、堅実に成長していくこと。
決算書は重く受け止めすぎず、次に進むための指標として見る。そして、人間対人間の信頼関係の中で、経営者の背中を押していく。
これからも、関わる人から「あの人に聞いてみよう」と思われる存在でありたい。
そう思っています。

